Friday, August 2, 2013

スタッフの石口さんの叔母さんの家がまつだいの瞽女宿さんだったすけ!!!!

私が真面目に森先生のお話を聞き終わってホッとしていると、いつも大変芸術祭ではお世話になっている石口さんが「何やってるんだすけ!真面目そうな顔して話きいて!」とちゃかしてきたので、「私も真面目になるときはあるんすけ!」と返し、実は瞽女さんについて調べてると伝えた。

まつだいにも瞽女宿があると画家の斉藤さんが描いている地図には名前も載っている。しかし、誰も知ってる人はいないようだった。

その地図を石口さんに見せると「これは俺の叔母さんの家だすけ!」っと!!!!!よくよく聞いてみると、石口さんのお母さんの妹さん(サトさん)が瞽女宿をしていた徳一郎さんのお家に嫁いだそうだ。徳一郎さんは8年前にお亡くなりになっているそうだが、 サトさんはお元気で、早速石口さんがアポをとってくれて次の日会いに行く事になった。


 次の日の朝、石口さんから教えて貰ったお家から小さい可愛いおばあさんが出て来てくれた。サトさんだ!石口さんに似ている!!!!!!92歳!

 

Thursday, August 1, 2013

森先生の話を聞く!

学者としての、丁寧に集落と瞽女さんとの関係について話してくださいました。文章で書いていくスペースを空けるために今、この文書いています。

瞽女式目。

瞽女さんにはきびしい戒律がある。それを記した巻物のコピーを町内会長の杉本さんが持っていた。少し見せて下さいました!

瞽女さんが住んでいた所に行く!

当時の瞽女さんの写真を見せて下さる杉本さん。瞽女さんの当時の本当に大変だった頃の話。美化される事に対しての複雑な心境まで語ってくださった。


瞽女式目のコピーを発見!
瞽女さんの住んでいたお家を案内して下さる杉本さん。住民の方に頼んで中を見せて頂いた。しかも高田駅まで車で送って頂いて、本当にありがとうございました。

瞽女さんが住んでいた家。今は他の方が住んでいらっしゃる。中は京都の町家造りのようになっていて、とても急な階段があった。瞽女さんの映像でみたそのままの状態がそこにはあった。
町内会長杉本さんが当時瞽女さんが使用していたタンスをキレイにして今も使っていた。

瞽女さんが拝んでいた所にゆく!


瞽女さんが毎年集まり拝んでいたという弁天様のところに行ってみることになった。
毎年の歌と成長を奉納する。そして、須弥壇にかける敷物を奉納した事もあったようだ。
左が当時の奉納の様子を写真に収めたもの。右は弁天様。
高田瞽女一同から奉納された証拠のお札
ツア−のお客さんと一緒に歩いてみる。

高田にゆく!

着物の小川さんの二階での上映会
瞽女さんで有名な高田に時間が取れて行く事になった!不忍画廊さんに教わった通り、上越市総合博物館に行きそこで保存会代表の着物の小川さんのお家を聞き、あっついあっつい高田を歩いた。お堀には蓮が!なんともいい時期に来たもんだ。小川さんの家では調度ツアーのお客さんが大勢で瞽女さんの映像を見ていた。
杉本キクイさんが使用していた杖。傘を改造したものかな?

不忍画廊の荒井さん

さてはて!あつい夏!夏いあつ!
ザギンの灼熱地獄をべろべろになりながら川船ギャラリーのニッシーのもとへ。
今日は一緒に不忍画廊の荒井さんの所に行ってくれることになっていた。ニッシーの行きつけのオシャレな洋菓子店に行って手みやげをこさえて日本橋方面の不忍画廊に到着。白く日差しが入る画廊スペースに荒井さんは何とも涼しげな夏らしい格好で出迎えてくれた。

さて、私がどこの馬の骨とも分からないまま進んでいくのも失礼なので、今新潟でどのようなプロジェクトを進めようとしているのか、またその団体の説明をしたりしながら本題の斉藤さんの話へと移行していった。

斉藤さんは芸大の師範科を出るが、学生のとき兵役のため横須賀の海軍で予備学生として訓練を受ける。 その後、岡山ー伊豆に移動し、藤田つぐじに会いにパリにいく。


斉藤さんと藤田つぐじの関係のこと、藤田さんは『日本の東北にしかもう土着の文化は残っていない』と言っていたそうな。斉藤さんは東北の津軽を調べていくうちに瞽女さんに行き着く。

瞽女という字から、平安時代、瞽女さんは鼓をうっていたのではないか。瞽女さんの伝達師としての役割、おんみつ、スパイ。盲人には按摩か瞽女という二つの選択があった。 


上越市で杉本キクイさんの展示が始まります!