Thursday, December 19, 2013

今年の色んなインタビューを通して、


ゴゼさんについて、語ってくれる方々。

私は今年、色んな方々にゴゼさんについてお聞きしました。学者の方、子孫の方、町おこしの方、ゴゼ宿をされていた方、その他ゴゼさんを見た事のある方、斉藤真一さんを通したゴゼさんを知っている方。

 私は全く、ゴゼさんに会ったこともない。しかし、この方達の話を聞いて行くと漠然と、時には詳細に見えてくることがある。ゴゼさんとの距離も様々で色々な見方がある。ゴゼさんの子孫の方と町おこしの方は全く対比しているようにも思えた。ゴゼさんがかつて受けていたであろう差別、乞食以下の扱いに大変な思いをしていたにも関わらず、今は町おこしの為に特別に扱われることへの疑問。斉藤さんの絵などが切っ掛けでおこったゴゼブーム。まつだいでゴゼ宿をしていたおばあちゃんは、その見たままの経験を興奮まじりに話してくれた。

 経験がある人、そして、俯瞰して見ている人、悪い部分を見せずに他の人に伝えるひと。女性としてのコトを言わないほうが良いと言う人。

 私の立ち位置はこのどれでもない中、何をしていけばいいのか。経験者の言葉を大切にして、人がそういう立場に置かれたら感じる事を、学者目線でもなく、女性アーティストとして痛い部分をも直視することが重要な気がする。フェミニズムや痛い事を隠したい日本でできるのかしらね。 最近はアウトサイダーミュージックとしての位置付けも気になってきました。

 
さてはて、来年の一発目にゴゼさんに関する講義がある。三重県桑名に住むアームレスリングの日本チャンピオンのイッセイさんに教えて頂いた!!!これはこれは、また楽しみ。

「瞽女の世界」

日時:
2014年1月25日(土)
開場13:00~ 開演13:30~
会場:
鈴鹿市文化会館 けやきホール
鈴鹿市飯野寺家町810番地 TEL:059-382-8111
入場料:
▼全席自由
前売り1,500円(税込み)
当日 2,000円(税込み)
第一部:
伝統文化をささえた視覚障害者
~強く生きた盲女性たち
第ニ部:
瞽女唄を楽しみましょう
写真展示:
晩年施設で生活をした最後の瞽女・小林ハルの写真パネル
出演:
第一部講演 川野 楠己
第二部演奏 竹下 玲子/金子 まゆ

Monday, September 30, 2013

旅のもちもん。



ゴゼさんについては見聞きしていることが多いなか、ゴゼさんたちがいつも旅に行く際の持ち物はなかなかミステリアスであった。旅好きの私はただ単にこんな風に旅を続けて商売をしていくには何が必要なのか気になってしまう。今、旅をするとしたらアウトドア屋さんに行けば軽くて丈夫なファッショナブルなリュックやジャンパーを買える、さて、ゴゼさんは一体どんな物を持ち、着ていたのだろう。
 今回私は上越の博物館に行った。
 杉本キクイさんと言う方生い立ちを通してゴゼさんとはどういう人たちだったかを展示している。年表やら、文章やらがパネル化して展示してある中、やはり目を引いたのはその年代にゴゼさんが実際に使っていた物たちだった。私の世代は情報化社会と耳にタコができるほど学生のときから言われていたが、その物たちの存在は強烈なものがあり、感覚がコトからモノへ逆走していった。
 使われていた、枕、袋、杖、弁当、笠、三味線どれもコンパクトにできている。今のエコバックのような工夫や、枕の木の台の中には三味線の糸や駒が収納されている。袋に穴があいた場所は同色の布で補強され、ほのかな藍色のグラデーションのパッチワークがとても美しい。それらのものたちは特別にデコレーションがある訳でもなく、わざとシンプルにしている訳でもない。そんなのどうでもよく、芸のための、生きるために最低限必要なものたちを大切にしているゴゼさんの姿を浮かび上がらせるものたちだった。貧しさ、目の見えないことによる裁縫の丁寧さ、雪国を旅するという環境が生み出した物たちは静かに強く佇み、ゴゼさんそのもののようだった。自分で作り、補強し、身につける。ほぼ身体の一部のような感覚だったのかもしれない。
 今の私はパソコン、アイホン、充電池、お化粧用具、パスポート、時計、地ガイドブック、カメラ、カード類、メモリー、ホッカイロ、日焼け止め、サングラス、ああ、まだまだ、持って行かないと、、、、、しかし、まあ、身体の一部という感覚になっているものは何一つない。自分も不思議な場所や時代に生きてるなあと思って、今日はおわり。
 そういや、そんなゴゼさんは情報屋さんの役割もあったんだっだ。またモノからコトに戻ってきた。インターネットの役割を自らがしていたんだった。






Friday, August 2, 2013

スタッフの石口さんの叔母さんの家がまつだいの瞽女宿さんだったすけ!!!!

私が真面目に森先生のお話を聞き終わってホッとしていると、いつも大変芸術祭ではお世話になっている石口さんが「何やってるんだすけ!真面目そうな顔して話きいて!」とちゃかしてきたので、「私も真面目になるときはあるんすけ!」と返し、実は瞽女さんについて調べてると伝えた。

まつだいにも瞽女宿があると画家の斉藤さんが描いている地図には名前も載っている。しかし、誰も知ってる人はいないようだった。

その地図を石口さんに見せると「これは俺の叔母さんの家だすけ!」っと!!!!!よくよく聞いてみると、石口さんのお母さんの妹さん(サトさん)が瞽女宿をしていた徳一郎さんのお家に嫁いだそうだ。徳一郎さんは8年前にお亡くなりになっているそうだが、 サトさんはお元気で、早速石口さんがアポをとってくれて次の日会いに行く事になった。


 次の日の朝、石口さんから教えて貰ったお家から小さい可愛いおばあさんが出て来てくれた。サトさんだ!石口さんに似ている!!!!!!92歳!

 

Thursday, August 1, 2013

森先生の話を聞く!

学者としての、丁寧に集落と瞽女さんとの関係について話してくださいました。文章で書いていくスペースを空けるために今、この文書いています。

瞽女式目。

瞽女さんにはきびしい戒律がある。それを記した巻物のコピーを町内会長の杉本さんが持っていた。少し見せて下さいました!

瞽女さんが住んでいた所に行く!

当時の瞽女さんの写真を見せて下さる杉本さん。瞽女さんの当時の本当に大変だった頃の話。美化される事に対しての複雑な心境まで語ってくださった。


瞽女式目のコピーを発見!
瞽女さんの住んでいたお家を案内して下さる杉本さん。住民の方に頼んで中を見せて頂いた。しかも高田駅まで車で送って頂いて、本当にありがとうございました。

瞽女さんが住んでいた家。今は他の方が住んでいらっしゃる。中は京都の町家造りのようになっていて、とても急な階段があった。瞽女さんの映像でみたそのままの状態がそこにはあった。
町内会長杉本さんが当時瞽女さんが使用していたタンスをキレイにして今も使っていた。

瞽女さんが拝んでいた所にゆく!


瞽女さんが毎年集まり拝んでいたという弁天様のところに行ってみることになった。
毎年の歌と成長を奉納する。そして、須弥壇にかける敷物を奉納した事もあったようだ。
左が当時の奉納の様子を写真に収めたもの。右は弁天様。
高田瞽女一同から奉納された証拠のお札
ツア−のお客さんと一緒に歩いてみる。