Monday, September 30, 2013

旅のもちもん。



ゴゼさんについては見聞きしていることが多いなか、ゴゼさんたちがいつも旅に行く際の持ち物はなかなかミステリアスであった。旅好きの私はただ単にこんな風に旅を続けて商売をしていくには何が必要なのか気になってしまう。今、旅をするとしたらアウトドア屋さんに行けば軽くて丈夫なファッショナブルなリュックやジャンパーを買える、さて、ゴゼさんは一体どんな物を持ち、着ていたのだろう。
 今回私は上越の博物館に行った。
 杉本キクイさんと言う方生い立ちを通してゴゼさんとはどういう人たちだったかを展示している。年表やら、文章やらがパネル化して展示してある中、やはり目を引いたのはその年代にゴゼさんが実際に使っていた物たちだった。私の世代は情報化社会と耳にタコができるほど学生のときから言われていたが、その物たちの存在は強烈なものがあり、感覚がコトからモノへ逆走していった。
 使われていた、枕、袋、杖、弁当、笠、三味線どれもコンパクトにできている。今のエコバックのような工夫や、枕の木の台の中には三味線の糸や駒が収納されている。袋に穴があいた場所は同色の布で補強され、ほのかな藍色のグラデーションのパッチワークがとても美しい。それらのものたちは特別にデコレーションがある訳でもなく、わざとシンプルにしている訳でもない。そんなのどうでもよく、芸のための、生きるために最低限必要なものたちを大切にしているゴゼさんの姿を浮かび上がらせるものたちだった。貧しさ、目の見えないことによる裁縫の丁寧さ、雪国を旅するという環境が生み出した物たちは静かに強く佇み、ゴゼさんそのもののようだった。自分で作り、補強し、身につける。ほぼ身体の一部のような感覚だったのかもしれない。
 今の私はパソコン、アイホン、充電池、お化粧用具、パスポート、時計、地ガイドブック、カメラ、カード類、メモリー、ホッカイロ、日焼け止め、サングラス、ああ、まだまだ、持って行かないと、、、、、しかし、まあ、身体の一部という感覚になっているものは何一つない。自分も不思議な場所や時代に生きてるなあと思って、今日はおわり。
 そういや、そんなゴゼさんは情報屋さんの役割もあったんだっだ。またモノからコトに戻ってきた。インターネットの役割を自らがしていたんだった。