Monday, June 10, 2013

ギャラリーできく。

昨日はニッシーのつとめるギャラリー川船に行ってきました。私は今まで全くギャラリーというスペースと接触がなかったので少し緊張していたのに、社長はとても気さくな方で、すぐに斉藤真一さんと瞽女さんについて話してくれた。

ギャラリー川船

ギャラリー川船オーナー



<画家の斉藤真一さんについて>

斉藤さんは最初ヨーロッパのジプシーやサーカスなどを追いかけていて、日本に帰って来ても放浪するものに対する憧れがあり瞽女さんを追いかける様になった。

羽黒洞さんと不忍画廊さんが絵を沢山もっている。 (今度お伺いしようと思ってる。)


 瞽女さんの後期の絵は日本海の青、夕日の赤、雪の白、と瞽女さんが目を悪くする前に観たであろう色を使っている。

 1972、3年あたりの絵がピーク。

その後は斉藤さんのお母さんが吉原のケンバンだったので、吉原の遊女を描いていたりしたが、また瞽女さんに戻る。





<瞽女さんについて>

 その当時、とても貧しい故の栄養不足であったり、雪の乱反射で後天的に目を悪くしていた。

瞽女さんはやはり芸能集団であるから、戒律が厳しく男の人との関係をもったら、はなれ瞽女になってしまう。







 


<感想>

斉藤さんの絵を見ると、ヨーロッパで勉強していたせいか、キリスト教の祭壇画のような構図が多かった。藤田つぐじからの影響もつよい。
 しかし、ヨーロッパに行ったからこそ、自国の土着の文化を少し俯瞰してみれたことの強みはある。その被写体を見つけることを重要視していて、300カ所の瞽女を訪ね、ある意味、こもり系画家よりもフィールドワーカー系画家だと感じた。




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